Oops! It appears that you have disabled your Javascript. In order for you to see this page as it is meant to appear, we ask that you please re-enable your Javascript!

結婚に反対された理由は?どうやって乗り越えた?

結婚に反対された理由は何ですか?どうやって乗り越えましたか?

一般的に、結婚をする場合には、両家のご両親の承諾が必要となってきます。

すんなり結婚に賛成してくれればいいのですが、中には、結婚に反対される場合もあるようです。

今回の婚活ブログでは、「結婚に反対された理由は何ですか?どうやって乗り越えましたか?」という質問への回答を募集しましたので、ご紹介したいと思います。

結婚の挨拶に来たときに、父が「今の年収では子育ては無理だよ」と言って反対しました。 彼は転職をし、年収も以前の2倍になったので、無事結婚できました。

リゾートウェディングで花束を持って見つめ合う新郎新婦

(33歳女性 結婚した年齢28歳 福岡県福岡市)

当時、主人の年収が低く私の両親がこの年収では心配と言って反対されました。

元々交際期間が長かったので、何度も私の実家に遊びに来たりしていたので、主人は両親ともよく話せる仲になっていました。

そのためより厳しい目で主人の事を、両親、特に父が見ていたんだと思います。

改めて結婚の挨拶に来たときに父がはっきりと今の年収では子育ては無理だよと言って反対しました。

ですが私たちの結婚の意思が堅かったのと、主人も本気だったので当時していた仕事をあっさり辞めて収入が約2倍くらいになる所を探しました。

中途採用になるので職探しは大変でしたが探し始めて2ヶ月ほどで新しい仕事が見つかり転職しました。

その後一年間そこで働いて改めて私の両親に結婚の申し込みに行きました。

年収も以前の2倍になっていたで条件はクリアできました。その後結婚を許してもらえたので無事に結婚出来ました。

家を購入しないと結婚を認めないと言われ、中古で家を購入し出産準備を進め、無事出産しました。

新婦の膝まくらで休む新郎

(39歳女性 結婚した年齢21歳 大阪府東大阪市)

学生時代より付き合っていた彼氏がいました。

私は本当に大好きでしたが両親は、彼との交際に反対していました。髪の毛を染めていたからです。

また、格好がだぼっとした服装が好きでそのような格好をしていたからです。

交際については反対されていましたが、私は大好きだったので交際を続けていました。

彼は1歳年上で私は短大生だったので、彼は社会人として会社に勤務していました。

私が社会人になっても交際は続いていましたが、社会人1年目のときに妊娠していることが判明しました。

すぐ彼に電話で話しをすると、その日の夜に私の親に挨拶にきてくれました。

ただ、お互い若かったのもありますし、できちゃったですので、両親はとても反対しました。

周りの目を気にする親だったので余計嫌だったのだと思います。

朝起きても、父は新聞を大きく広げて、おはようの挨拶もしてくれなくなりました。

家を購入しないと結婚を認めないと言われ、中古で家を購入し出産準備を進め、無事出産しました。

やはり孫は可愛かったのか、孫が産まれてからは今までが嘘だったかのようによく話しをしてくれるようになり、子どものための玩具や絵本を沢山買ってくれるようになりました。

両親が、彼が保険の契約をさせるために私と付き合ったのではないかと疑い、結婚反対されました。

木の前で花束を持ってほほ笑む新婦

(28歳女性 結婚した年齢27歳 大阪府大阪市中央区)

当時私は26歳、お付き合いしていた彼は30歳でした。

彼とは友達の紹介で出会い、2か月ほどデートを重ねてから交際が始まりました。

二人とも良い年頃だったので、結婚を前提にしたお付き合いということで意見が一致していました。

彼は外資系の保険の営業マンで、ちょうど交際し始めた時くらいから私自身保険に興味があったので、彼が担当している保険の話を聞き、いいと思ったのでその保険に入りました。

ある日健康や保険に関する何気ない会話を私の両親としていて、私が彼が担当している保険に入ったということを話すと、そこからものすごく怪訝な顔つきに変わりました。

両親は、彼が保険の契約をするために私と付き合ったのではないかと疑い始めたのです。

私から話を聞いたと言っても信じてもらえず、会ってもない彼に対して結婚はやめなさいと反対されていました。

何度私から彼の話をしても、両親は微妙な反応でしたので、それを彼に相談したところ、彼は一度私の両親に会って、真剣にお付き合いしているということを伝えたいと言いました。

その数日後、彼が私の実家にあいさつにやってきました。

彼はきちんとしたスーツを着て、手土産を持ち、丁寧な言葉で私の両親にあいさつをしましたが、私の両親はほとんど無表情で軽く挨拶をして、彼を家に招き入れました。

張り詰めるような緊張感が漂う中、彼はいつにもましてはっきりとした声で両親に話しかけました。

なんと私の両親が気になっていることをストレートに話題に出したのです。

両親は少し驚いたような顔をしましたが、彼の話を相槌を打ちながら聞き、そのあと両親は正直な気持ちを彼に話していました。

最初こそ張り詰めた空気でしたが、彼のまっすぐさや男らしさを感じ、私の両親もだんだんと彼のことを気に入ったみたいでした。

彼が帰った後、父がぽつりと「…いい人じゃないか」と私に言ってくれたので、私は涙がでるほどうれしかったのを覚えています。

両親の許しも得られたので、彼とは晴れて結婚することができました。

「またバツイチか!なんでお前はバツイチを選ぶんや。初婚同士じゃないと認めない!」と結婚に反対されました。 真剣に話す彼の態度や姿勢、言葉を聞いて、両親は仕方ないなと認めてくれました。

結婚式でベンチで見つめ合う新郎新婦

(35歳女性 結婚した年齢29歳 大阪府大阪市)

彼(現在の主人)とお付き合いする前に、バツイチ子持ちの男性とお付き合いをしていました。

その彼と当時結婚前提でお付き合いをしており、彼を両親に合わせた所、「なぜ大切に育てた娘をバツイチ子持ちの男に嫁がせないとあかんのや!そんな男との結婚は絶対に許さんぞ」両親共に激怒された苦い経験がありました。

今回の彼(今の主人)もたまたまバツイチだったのです。

そして、彼と付き合って3ヶ月でプロポーズをされ私はOKしました。

そして両親に挨拶に来た時に予想していた通り「またバツイチか!なんでお前はバツイチを選ぶんや。初婚同士じゃないと認めない!」
とまたしても反対されてしまいました。

しかし彼は諦めず、過去に離婚をした経緯やそれを踏まえて私との結婚生活をどうしていきたいか、どれほど私と結婚したいのかという気持ちを長時間に私真剣に両親に話だしました。

彼の額は汗でびっしょり、手は震えていました。

そんな真剣に話す彼の態度や姿勢、言葉を聞いて、両親は仕方ないなと認めてくれたのです。

真剣に気持ちを伝えること、真摯に向き合うことこそが両親の気持ちを動かしたんだと思います。

彼に「実は同和地区に住んでいます。」と告げられ親に話すと、何故交際前にその事を伝えなかったのかと激怒の猛反対でした。 私は、何故か妊娠しにくい体質で、自分は子供が出来ないと確信していたのに妊娠が発覚、流石に親も反対し続ける事は出来ず、許しを得ました。

池の前で寄り添う新郎新婦

(53歳女性 結婚した年齢26歳 大阪府東大阪市)

職場の同僚の紹介で今の主人と知り合いました。

初めは食事に行ったり友達交えて遊びに行ったりと軽い関係でしたが
交際を申し込まれ、お付き合いを始めました。

交際後、暫くしてから
「実は同和地区に住んでいます。」と告げられ親に話すと
何故交際前にその事を伝えなかったのかと激怒の猛反対でした。

昭和初期の人は同和地区と聞いただけで何を連想するのでしょうか?

何か説明を受けましたが、それが私に何の関係があるのか未だに理解出来ません。

紹介した友達にまで八つ当たりする始末で、少しの間は親に彼の話はしませんでした。

何故か妊娠しにくい体質で、自分は子供が出来ないと確信していたのに妊娠が発覚、流石に親も反対し続ける事は出来ず、許しを得ました。

やはり孫は可愛いのか大事にしてくれましたし、主人は私を大事にしてくれるので今は亡きですが、両親も喜んでいました。

彼女と同棲して半年後に結婚の報告を親にしたところ、まだ早いと大反対されました。 時間をかけて説得していく事で徐々に真剣に考えているという事が伝わっていき、最終的に認められました。

結婚式前に髪を整える新婦

(45歳男性 結婚した年齢28歳 神奈川県横須賀市)

彼女と同棲して半年後に結婚の報告を親にしたところ、まだ早いと大反対されました。

でも結婚をあきらめるわけにも行かないので、とりあえず何度も実家に足を運び、説得して、後は仕事を頑張っている姿を見せて、最終的には反対された年から3年後にめでたく結婚式を挙げることが出来ました。

反対されたときにすぐに別れるのではという考えもあったので、慎重に考える様にという思いがあったと思いますが、時間をかけて説得していく事で徐々に真剣に考えているという事が伝わっていき、最終的に認められたのだと思います。

あとはその間、親戚等の用事(法事や各イベント時に親族が集まる際は極力、参加をした)事も好印象だったように思います。

また、結婚とほぼ同時に家を購入したのも印象が良かったと思う。

家を買ってすぐに別れることは無いと思うのでそれも信用につながったと思います。

当時10代と若く、まだ稼ぎが安定していないし、小さな会社だったので、これからどうやって生活していくのかという面で両親に反対されました。

(26歳女性 結婚した年齢19歳  千葉県木更津市)

当時10代と若く、まだ稼ぎが安定していないし、小さな会社だったので、これからどうやって生活していくのかという面で両親に反対されました。

また、お互い実家暮らしであるため、住まいをどうするのかと、でき婚だったので子供が産まれたあとの生活はどうするのかという理由もありました。

当時の私はフリーターであったため、仕事を変える選択肢はなく、ギリギリまで働いて退職する、旦那は地元では安定していて社会保険がついており、社宅のある仕事への転職をすることになりました。

そして子供が産まれたあとは、里帰りせず私は専業主婦になり、主に子供の面倒を見て、もし生活ができないようであれば短い間だけでも旦那が家にいる日はパートをすると結論にいたりました。

旦那は転職し、社宅に入るまでの間はお互い実家でお世話になりましたが、その後は特に両親に頼ることなく夫婦で頑張ることができました。

結婚に反対された理由は、私たちの仕事の都合で式より入籍が先になったからです。向こうのお義母さんは、先に結婚式をしてほしかったらしく、まずそこで嫌われてしまいました。

結婚式で木陰で寄り添う新郎新婦

(31歳女性 結婚した年齢30歳 山口県下関市)

現在、式を挙げてもうすぐ1年、入籍して2年目になります。

結婚に反対された理由は、私たちの仕事の都合で式より入籍が先になったからです。

向こうのお義母さんは、先に結婚式をしてほしかったらしく、まずそこで嫌われてしまいました。

その後、向こうの祖母の説得もあり、仕事上必要ならば、としぶしぶ入籍が先になることを認めてもらいました。

次に、両家顔合わせをする際、向こうのご両親の都合に合わせ、指定された店に行きました。

向こうのお義父さんはデニムにチェックシャツという、びっくりな格好で現れ、「今日は日取りが悪いから、何も決めないということで」と言われました。

その後、改めてきちんとした話し合いもなく、入籍の日を迎えました。

幸い、彼の人柄を両親に分かってもらえたので無事入籍できましたが、いまだに向こうのご両親とは関わりたくありません。

お互いの親がお互いをよく思っておらず、もしかしたらダメになるかも?と何度も思いました。

そのたびに二人で話し合い、それでも一緒に暮らしたい、結婚したいと気持ちが変わらなかったので、入籍できたと思います。

また、お互いの職場の方がとても心配してくださり、アドバイスをくれたことも大きいと思います。

その後、彼の強い希望(自分の両親に見せつけたい)で式を挙げ、一応表面的には解決したことになりました。

結婚式をしたので、それ以降は離婚を勧められなくなりました。

旦那はインドネシア人です。両親の年代からしたら、日本とインドネシアの経済レベルの格差があると思っていた様で、お前は絶対に不幸になる、お金で苦労したいのか、日本人の金目当てに決まっていると言われ、3ヶ月以上も話もしてくれなくなりました。私は既に社会人として自立していましたので、両親に反対されている最中にインドネシアに移住し、結婚してしまいました。

結婚式で横断歩道を楽しそうに渡る新郎新婦

(48歳女性 結婚した年齢33歳 インドネシア・バリ島)

私は海外在住で旦那はインドネシア人です。

両親からしたら、娘が海外に行ってしまうと言う寂しさもあったのかもしれません。

それでも、母はともかく父の反対ときたら物凄いものがありました。

両親の年代からしたら、日本とインドネシアの経済レベルの格差があると思っていた様で、お前は絶対に不幸になる、お金で苦労したいのか、日本人の金目当てに決まっていると言われ、3ヶ月以上も話もしてくれなくなりました。

私は既に社会人として自立していましたので、両親に反対されている最中にインドネシアに移住し、結婚してしまいました。

その直後、弟が大病に罹ってしまい、旦那と共にすぐに日本に一時帰国をしました。あれだけ反対していたのに、父はインドネシア語の単語を勉強していたのです。

それと実際に旦那に会ってみて人柄が分かった様で、急に態度が変わりました。

今では、お前みたいなのに勿体無い旦那だな、良い人じゃないかとまで言っています。

乗り越え方とは少し違うかもしれませんが、私自身も旦那に会えば両親は納得するはずと、父の怒りを含む反対が治まるのを待って会わせた事が良かったのかもしれません。

そのきっかけが弟の病気だとしてもです。

旦那はイスラム教徒なので、日本にいる間、毎日私の弟の病気克服の為に朝晩お祈りをしてくれた姿にも感動したようです。

今は常に私達の幸せを考えてくれる両親です。

彼女の両親からは「その歳で結婚はまだ早い」「出会って間もないからダメだ」と猛反対されました。彼女が妊娠して、そのことを彼女の両親に伝えたら「中絶させるわけにはいかないし、籍を入れないと子供が可哀想だから」と渋々結婚を許してくれました。

結婚式で手でハートを作る新郎新婦

(28歳男性 結婚した年齢26歳 静岡県沼津市)

当時私は26歳で彼女は23歳で、出会って約半年程で結婚の話になりました。

私の両親からは特別反対はされなかったのですが、彼女の両親からは「その歳で結婚はまだ早い」「出会って間もないからダメだ」と猛反対されました。

それに当時はお互い仕事に就いたばかりで、お金も貯まってなかったため、余計に結婚を反対されていました。

しかし、お互い結婚したい気持ちは変わらなかったので、諦めずに何回も説得を続けていました。

反対されていても、お互い成人しているので婚姻届けを出そうと思えば出せたのですが、結婚式のことや今後の付き合いなども考えると、そういうわけにはいかないと踏みとどまりました。

その後4ヶ月ほどは結婚を反対され続けていましたが、彼女が妊娠して、そのことを彼女の両親に伝えたら「中絶させるわけにはいかないし、籍を入れないと子供が可哀想だから」と渋々結婚を許してくれました。

両親は交際半年という期間が短いと思っていたようです。そして、彼氏と年齢差が8歳離れていたこともネックのようでした。私の両親と彼氏の接点を増やし、彼氏の人柄の良さを分かってもらうように努力しました。

結婚式で花束をかざす新郎新婦

(32歳女性 結婚した年齢27歳  岡山県笠岡市)

私は交際半年で当時付き合っていた彼氏にプロポーズされ、結婚を決意しました。

そこで、それぞれの両親に挨拶がてら結婚の意思を伝えることとなりました。

私の実家に彼氏が挨拶に来てくれることになりましたが、私の両親は乗り気ではありませんでした。

まず、両親は交際半年という期間が短いと思っていたようです。

そして、彼氏と年齢差が8歳離れていたこともネックのようでした。

その日は結婚については反対されましたが、交際することについては何も言われませんでした。

そのため、交際を継続して様子を見ることになりました。

また、私の両親と彼氏の接点を増やし、彼氏の人柄の良さを分かってもらうように努力しました。

具体的には、実家に招く機会を増やしたり、一緒に食事をしたりしました。

交際期間が2年弱となった頃、どちらからともなくまた結婚についての話が出るようになりました。

私の両親も彼氏の人柄を認めてくれていて、結婚について賛成してくれるようになり、ゴールインとなりました。

お互いが再婚であったため、付き合いの期間を長くしてもう少し様子を見てはどうか、もしかしたら他にもっと自分と合う人がいるかもしれない、という理由で最初は反対をされていました。半年間彼や両親と話し合い、結婚を許してもらいました。

結婚式で新婦に花束を贈る新郎

(28歳女性 結婚した年齢27歳 広島県広島県)

お互いが再婚であったため、付き合いの期間を長くしてもう少し様子を見てはどうか、もしかしたら他にもっと自分と合う人がいるかもしれない、という理由で最初は反対をされていました。

また、同じ職場同士での恋愛でしたので、職場に迷惑がかかるのではないか、それで結婚をして離婚をしたら、職まで失うのではないか、というのも理由でした。

どのように乗り換えたかと言うと、まずはそのような客観的な意見を付き合っている彼と話し合いました。

交際期間はそれほど短いわけではなかったのですが、お互いの相性や生活リズムについて共有する時間を少し取ろう、ということになり、それをお互いの両親へ伝えました。

同じ職場同士での恋愛、ということについては、もしも結婚すれば仕事中に接触のない部署に異動になることが分かっていたので、それほど心配はないことも合わせて伝えました。

それから半年間彼や両親と話し合い、結婚を許してもらいました。

母には「長く生きてるけど、そんな人と出会った事も聞いたこともないくらいひどいよ。絶対やめた方がいいよ。」と言われましたが、一か八かで結婚しました。乗り越えたと言うより反対を無視して結婚して後悔したパターンです。

結婚式で木にもたれ掛かる新郎新婦

(30歳女性 結婚した年齢25歳 茨城県水戸市)

彼は、子供出産前に他の女と居なくなり音信不通になりました。

女と上手くいかなくなったのか、出産して二週間後に謝りの連絡があり、産後で働いてもなく貯金を切り崩して生活していた私のところに、「お金もない」と戻って来ました。

まだ考えが甘かった私は子供の為にも、この人を変えていい父親に成長させて、子供が将来両親がいて良かったと思えるようにと考えていました。

母には「長く生きてるけど、そんな人と出会った事も聞いたこともないくらいひどいよ。絶対やめた方がいいよ。」と言われましたが、一か八かで結婚しました。

父親には入籍後に報告しました。反対されるのわかっていたので。

「もう籍を入れてしまったのなら仕方ないから頑張れよ」と言われました。

未だにダメ男のままで結婚を後悔していますが、わずかな良いところを頼りに頑張っています。

乗り越えたと言うより反対を無視して結婚して後悔したパターンです。

結婚に反対された理由は、夫が私より年下だったことです。
私は、夫が父に似たところがあったので「お父さんのような相手と結婚すれば幸せになれると思う」と何度も話しました。

結婚して海でキスをする新郎新婦

(46歳女性 結婚した年齢24歳 北海道旭川市)

私が結婚に反対された理由は、夫が私より年下だったことです。

両親は同級生同士の結婚で、若い時に結婚したので経済面など苦労したようです。

そのこともあってか、娘には年上の相手をと思っていたようです。

当時、夫は社会に出たばかりだったので、とても心配されました。

また、結婚すると遠方に嫁ぐことになる為、そのことでも反対されました。

両親はお互いの実家が近くにあって気軽に行き来できましたが、遠方だとそうはいかないことを寂しく思っていたようです。

私は、夫が父に似たところがあったので「お父さんのような相手と結婚すれば幸せになれると思う」と何度も話しました。

また、夫の両親がかなり結婚に積極的だったこともあり、早くに私の両親の元を訪ねてくれました。

母は「私も父に結婚を反対されたけれど、向こうの両親の強い気持ちが父に伝わって賛成してもらえたのよ」と私に言いました。

母も私と同じように結婚を反対され、それを乗り越えて結婚したのだと知りました。

彼氏の両親は、彼氏が仕事をしやすい環境作りをしてくれるような女性ではないと結婚は認めないと言いました。私は仕事を退社して彼氏との結婚を選びました。

結婚式で階段に座る新郎新婦

(41歳女性 結婚した年齢26歳 神奈川県小田原市)

私は35歳の時に、4歳年下の彼氏との結婚を決めました。

私は当時上場企業で秘書の仕事をしていました。

とてもやり甲斐がある仕事で居心地が良かったので結婚してからも続けようと思い、それを彼氏に話すと家事は分担して共働きしようと言ってくれました。

初めて彼氏の両親に会いその事を話すと大反対。

彼氏の両親は、彼氏が仕事をしやすい環境作りをしてくれるような女性ではないと結婚は認めないと言いました。

確かに、一家の大黒柱となるのは彼氏なのだから、その考えは正しいと思いますが、私の気持ちはどうなるのかと思ってしまいました。

彼氏は私との結婚を反対された事をとても申し訳ないと泣いて謝まりました。

彼氏は両親を説得してくれると言ってくれましたが、何ヶ月経っても認めて貰えず、私に判断を委ねました。

私は仕事と彼氏との結婚をどちらが大事なのか考えました。

やっぱり彼氏が大事です。

私は仕事を退社して彼氏との結婚を選びました。

でもその決断をしたお陰で両親とは円満です。今では可愛い娘が出来てとても幸せです。

私はバツイチで子供が小4でした。 義母は、ずっと気に入らなかったらしく、私のまえではニコニコしてたけど、陰ではいつも私の悪口をみんなに言ってました。義母は、寝たきりで施設に入ってるので、もう悪口を言われることもなく、ある意味では、乗り越えたってことになるのかな。

結婚した新郎新婦が海でジャンプ

(47歳女性 結婚した年齢40歳 青森県むつ市)

私が39才、夫は、29才で付き合ってました。

夫が、私に夢中で結婚したいしたいと騒いでましたが、私はバツイチで子供が小4。

絶対に反対されるし、逆に私が親の立場なら反対する。

でも、あきらめない夫。既成事実を作ってしまえ!と、妊娠。

夫の親や、私の親も結婚には渋ってたけど、妊娠したならしょうがない…と認めてくれました。

それで、夫の親と同居しましたが、義母は、ずっと気に入らなかったらしく、私のまえではニコニコしてたけど、陰ではいつも私の悪口をみんなに言ってました。

いま、義母は、寝たきりで施設に入ってるので、もう悪口を言われることもなく、ある意味では、乗り越えたってことになるのかな。

悪口言いすぎて、天罰がくだったのかも。

それとも、日々頑張ってきた私に神様が味方してくれたのかな。

そもそも、最初に反対されたら、時間たっても、中々解決は難しいと思いました。

9歳年上男性との年の差婚、かつ相手が中小企業の社長だったので、結婚に反対されました。「一人娘を手放したくないからって、情けない父親だね、お父さん無視して幸せになりな」と皆が言ってくれました。

(33歳女性 結婚した年齢32歳 兵庫県宝塚市)

父に結婚を反対されました。

理由は19歳年上男性との年の差婚、かつ相手が中小企業の社長だからです。

「結婚してすぐ介護生活になるぞ、なんなら相手の親も今にも要介護じゃないのか?」「借金があるのでは?お前、保証人にされるぞ!」「会社員ならまだしも、自営なんて倒産したら即終了だぞ!そもそも親元に帰ってこないとはどういうつもりか!」などと、私に面と向かって言う勇気もない父は、何通もメールで不幸の手紙を送り続けてきました。

彼と会ってみれば、経営状態や借金があるかどうか、親族も犯罪歴もなく潔白なのか明らかになるのに、父は臆病すぎて一度も会ってくれませんでした。

「そんなにメールで色々尋ねてくるな ぐらいなら、本人に会えば解決するのに」と返事をしても挨拶の日程調整になればだんまりを決め込むという子供のような意地のはり方でした。

乗り越えたのは、母はじめ父以外の親族全員がとても喜んでくれて「一人娘を手放したくないからって、情けない父親だね、お父さん無視して幸せになりな」と皆が言ってくれたからです。

父以外の両家親戚、友達に盛大に祝福してもらい、結婚に踏み切って良かったと思いました。

お互いに収入が少なく、社会経験も少なかったので、私の両親が結婚に反対しました。金銭面での心配をさせないよう、彼は転職し、仕事をしながら資格を取得できるようにしました。

(32歳女性 結婚した年齢23歳 香川県高松市)

19歳から3年間お付き合いした、同学年の彼との結婚を反対されました。

当時、2人は22歳になる年でした。

私は専門学校卒業して社会人2年目で、彼は高卒で働いていたので4年目でしたが、お互いにまだ収入が少なく、社会経験も少なかったので、私の両親が反対しました。

特に彼は資格もなく、将来的に昇給も見込めない会社でしたので、両親はそれを心配したようでした。

私は国家資格を持っており、同年代よりは給料をもらっていましたが、いずれ出産をしたりしてお休みする際のことも心配だったようです。

まず、金銭面での心配をさせないよう、彼は転職し、仕事をしながら資格を取得できるようにしました。

私自身も工夫して家計をやりくりし、貯蓄するように努力しました。

また、一人暮らしをしていない2人だったので、まずは同棲をして生活力をつけ、両親を説得をしました。

できちゃった結婚であったこと、彼の両親が離婚していたこと、彼の最終学歴が高校の定時制卒であっことで、結婚に反対されました。

(37歳女性 結婚した年齢24歳 熊本県熊本市)

24歳、社会人になって四年目の時でした。

世間体をかなり気にする厳しい親に結婚を反対された理由は多数あります。

できちゃった結婚であったこと、相手の両親が離婚していたこと、相手の最終学歴が高校の定時制卒であっことです。

反対され続けていましたがまずは相手に会ってもらい人となりを知ってもらうようにしました。

その後、祖父母や叔母に相談したりしました。

妊娠に関してが一番反対をされ、気づいてない時期に内服した薬の影響で子供に障害がでるのではないか、障害のある子だった場合相手が逃げてしまうのでないかなど、次から次に不安要素を並べて反対されました。

その都度説得して納得のいく説明をし続けるしかなかったです。

そうしているうちに安定期となり結果的に両親が折れました。

半ば強引に折れてもらったのでその後は認めてもらうよう努力する生活になりました。

結婚する前に妊娠したことで、まだお互いが若い事もあり親からは反対されました。 仕方がない、もう妊娠したものは産むしかないという納得の仕方だったと思います。

芝生の上で座る新郎新婦

(32歳女性 結婚した年齢22歳 神奈川県小田原市)

結婚する前に妊娠したことで、まだお互いが若い事もあり親からは反対されました。

また、数ヶ月前に結婚前提にお付き合いする事を、彼が私の両親に挨拶に行って了解を得た時に、「出来ちゃったなんて事は絶対にしないでね」と両親から言われ、約束をしたにもかかわらず妊娠したので、余計彼に対して怒って猛反対でした。

ですが、私と彼はもちろん、両親も子供はおろすことに反対なので、数日間連絡もとらずだった両親から冷静になり連絡をくれて、子供を大事に育てなさいといって、最終的には認めてもらえました。

彼には仕事を今以上に頑張るということと、同棲している部屋が狭い部屋なので、産まれる前に引っ越しなさいと多々条件がありましたが、ごもっともな事なので、私達もそこに逆うの気持ちなど全くありませんでした。

仕方がない、もう妊娠したものは産むしかないという納得の仕方だったと思います。

相手が転職をするにあたり、今住んでいる場所から離れることがわかり、結婚を反対されました。何度か強行突破をしそうになりましたが、時間をかけて何度も話し合って良かったなと今は思います。

夜の海辺で見つめあう新郎新婦

(31歳女性 結婚した年齢30歳 愛媛県八幡浜市)

相手が転職をするにあたり、今住んでいる場所から離れることがわかり、結婚を反対されました。

嫁ぐ場所が田舎なこと、医療不足なこと、また気軽に会いにいけないことなどを理由に半年ほど反対が続きました。

同時に災害に見舞われ、その地域が少し被災したことも要因でした。

私自身も揺らいでいたこともあり、そこの弱い部分をつかれて、「やめとけ」と言われました。

しかし、自分の結婚するという決意が固まり、新たな嫁ぎ場所で家は建てない、災害があったときは迅速に地元に帰る…などの条件を提示し、時間をかけて承諾に持って行きました。

最終的に彼と一緒に挨拶に行き、上記の内容を再度伝えたところ、二人の意思がしっかりしているなら、と許可を得ることができました。

何度か強行突破をしそうになりましたが、時間をかけて何度も話し合って良かったなと今は思います。

古い考えの私の両親は結婚前の妊娠が社会的にいいイメージではないことにこだわり、近所からの目も気にして結婚は認めないと反対されました。子供が産まれて父と会い、結婚当初の思いをお互いに話すことで、お互いを改めて理解し、結婚も少しづつ認めてもらえるようになりました。

海辺で遊ぶ新郎新婦

(30歳女性 結婚した年24歳 静岡県下田市)

私が結婚をしたのは、大学を卒業し、就職して1年半の時でした。

結婚のきっかけは、私の妊娠でした。

反対された理由は、当時お付き合いしていた彼は、小中と一緒に過ごした仲で、両親も顔見知りでしたが、当時から私の両親はお付き合いに反対でした。

理由は単純に娘を渡したくないといった父の思いだけでしたが、妊娠を期に結婚となると猛反発でした。

古い考えの私の両親は結婚前の妊娠が社会的にいいイメージではないことにこだわり、近所からの目も気にしてそんなふしだらなことをする方との結婚は認めないと反対されました。

また、父には大学まで出しとして社会で2年も働かないなんてという悔しい思いもあったようです。

つわりが始まり、私が苦しむ姿やだんだん大きくなるお腹をみて彼との結婚は許せないが、子供の命は守りたいと思うようになってくれたようで、だんだんと父の怒りも収まりました。

遠方に住んでいたため、あまり会うことはできず、離れている時間の間にお互いに気持が冷静になっていったんだと思います。

子供が産まれて父と会い、結婚当初の思いをお互いに話すことで、お互いを改めて理解し、結婚も少しづつ認めてもらえるようになりました。

(30歳女性 結婚した年齢28歳 新潟県十日町市 )

結婚に反対された理由は、旦那が片親だったためです。旦那が片親になったきっかけは、子供の頃に父親が病気で亡くなったことでした。不倫などで離婚したわけではなく後ろめたいことは何もありませんでした。しかし、私の家族が世間体と旦那の母親が一人になることを気にして反対していました。旦那の母親は、一人で旦那を育て上げたわけですし、これからも働いていく予定で経済的な援助は必要ないです。そこで、実際に何回か私の家族と会ってもらって、「旦那は立派に育ってる事」と「旦那の母親も一人で育て上げただけあって自立しているので安心な事」を話して説得しました。何度も説明することで、不安がないことを理解してくれて、私が本気なことも分かってくれました。理解してもらうまでは、半年くらいかかりましたが、しっかり話し合ったことによって私の家族の不安も解消できて良かったです。

きちんと就活をして就職をし、外に出て社会を知って欲しいとのことで、結婚に反対されてしまいました。自分がどう生きたいかは自分で決めたいと必死で説得すると、渋々認めてくれました。

木の前で手を挙げる新郎新婦

(23歳女性 結婚した年齢22歳 愛知県名古屋市)

私は大学生の頃から付き合っている年上の彼がおり、ちょうど就活のタイミングの時に、プロポーズされました。

私は特にやりたいことや夢もなかったこともあり、彼のことも大好きだったのでもちろんOKしました。

しかしいざこのことを親に話してみると、やはりきちんと就活をして就職をし、外に出て社会を知って欲しいとのことで、反対されてしまいました。

しかし、これは私の人生なのだから自分がどう生きたいかは自分で決めたいと必死で説得すると、渋々認めてくれました。

せっかく大学にも行かせてもらったのに…とも思いましたが、何も就職することが全てだとは限らないし、それが唯一の親孝行だとも考えていません。

いずれは結婚していくのだからそのタイミングが人よりも少し早かっただけなのです。

私はこの選択に関して何も後悔はありませんし、きちんと就活をしておけば良かったと思うこともありません。

結婚に反対された理由は、結婚よりも先に子供ができたからです。相手方が一生苦労させないと涙ながらに私の両親に誓い、新居も私の両親の家近くにするという事で納得してもらいました。

(43歳女性 愛知県清須市)

反対された理由は、今ではそこまで言われないであろう事が昔はタブーに近いとされていた、結婚よりも先に子供ができてしまったからです。

もちろん、年齢も私は17歳、相手も17歳で、もうすぐ18歳になって結婚はできるという年齢の時でした。

反対されて当然だと今になっては理解できますが、当時の私と相手方からしたら、反対を押し切ってでもという気持ちは強かったです。

しかし、反対を押し切るという事は、今後手助けもされず、孤立する可能性もあり、ここで結婚も出産も一旦やめてという選択肢も考えながら、両家と日々話し合いました。

そうしている間にも、お腹の子供は日々育っており、時間的にも猶予がなくなり、最終的に、相手方が一生苦労させないと涙ながらに私の両親に誓い、新居も私の両親の家近くにするという事で納得してもらいました。

相手方の母方は私の両親の近くに新居をという内容は少し不服そうでしたが、私が出産後も定期的に相手方宅へ通う旨を誓ったので、最終的には納得をしてもらえました。

両親から、彼の職業のことや、年収、住んでいる実家の家が汚い、結婚詐欺かもしれない、などとさんざん罵られました。 もうちょっと日が経ったらまた両親にぶつかろうと思っています。

リゾートウェディングで花束を持って見つめ合う新郎新婦

(39歳女性 未婚 神奈川県藤沢市)

つい昨年秋に、私の両親に結婚を反対されました。

まだ、彼を紹介もしていないうちからの反対です。

両親から、彼の職業のことや、年収、住んでいる実家の家が汚い、結婚詐欺かもしれない、などとさんざん罵られました。

私は幼いころからずっと、両親の言うように生きてきてしまった「いい子」的な側面があったのですが、さすがにこの時には怒りました。

年齢のこともあり、時には両親に歯向かっても、絶縁状態になっても手に入れなければいけないものがある、と思い、今では彼とは、当面結婚は考えずに付き合うだけの仲が続いています。

もう結婚することにはならないかもしれませんが、同棲は、そのうちしようと考えています。

こうして、私は自分の中に強い意志をもち、とりあえずですが両親からの反対を乗り越えました。

まだ反対されてから日が浅いので、もうちょっと日が経ったらまた両親にぶつかろうと思っています。

「○○君はお前にはもったいないくらいの人間だけど、家庭環境を考えると、まあまあ稼いでいるお前が金ズルにされそうな気がするから結婚には素直に賛成できない」という言葉で、結婚に反対されました。

新婦の膝まくらで休む新郎

(28歳女性 結婚した年齢26歳 山口県周南市)

私は中学生の時に母を亡くし、それ以降は父が男手ひとつで育ててくれましたが、三人姉弟の中で娘は私ひとりだったので、とても可愛がってもらいました。

そのため、私が付き合っていた男性を父に会わせて結婚したい旨を伝えた後、彼の家庭環境を理由に一度は結婚を反対されました。

実は彼は長男で母親はシングルマザー、離婚して実家に戻っているふたりの姉がいて、そのうちひとりはシングルマザー、ひとりは定職に就いておらず、決して裕福とは言えない家庭でした。

それを知った父が実際に口にしたのは、「○○君はお前にはもったいないくらいの人間だけど、家庭環境を考えると、まあまあ稼いでいるお前が金ズルにされそうな気がするから結婚には素直に賛成できない」という言葉でした。

結果的には私が父を説得して結婚しましたが、そうできたのは、「彼が私を思う気持ちは、お父さんがお母さんのことを生涯でこの人だけと決めた最高の女性だと思って駆け落ちしたのと同じくらい強いから、何があっても大丈夫」という言葉が父の心に届いたからでした。

彼女は一人っ子で、彼女の親はずっと次男で婿に来てくれる人をと考えていたようでした。 僕は長男で、うちの親は当然のように嫁に来てくれるものと考えていました。それがお互いの両親に伝わると、来てくれないと結婚は許さないとの一点張り。

木の前で花束を持ってほほ笑む新婦

(35歳男性 結婚した年齢27歳 愛媛県西条市)

地元自治体主催の婚活パーティーで、マッチングして付き合うことになりました。

実は同じ町内で、年齢が違うために接点がなかったようです。

彼女が3つ年上でした。

順調に交際が進み、彼女が30歳なるので、結婚の話も出始めました。

いざ、本格的に結婚の話をお互いの親に探りをいれてみると、彼女の親は婿に来て欲しいとのことでした。

彼女は一人っ子で、彼女の親はずっと次男で婿に来てくれる人をと考えていたようでした。

僕は長男で、うちの親は当然のように嫁に来てくれるものと考えていました。

それがお互いの両親に伝わると、来てくれないと結婚は許さないとの一点張り。

なんとか妥協点を探すべく、僕も彼女も自分の親と色々話合いました。

その結果、彼女の親は、お嫁に出してもいいが、彼女の家のすぐ近くで住むなら許すということになりました。

うちの親はそんなすぐ近くなんて取られるようなものだと言いましたが、それでもこちらにお嫁に来てくれるのを許してくれたので、話が変わらないうちに、両家で会う約束を取り付け、うちの親からも是非お嫁に来てくださいと頭を下げてもらって、ようやく許してもらえました。

主人とはデキ婚でした。 妊娠したことを両親に告げると「結婚はまだ早い!そんな格好の悪い結婚はさせられない」とバッサリ。

結婚式でベンチで見つめ合う新郎新婦

(53歳女性 結婚した年齢22歳 山口県岩国市)

主人とはデキ婚でした。

今でこそ普通に許されることですが私の時代はそんなことは考えられないような時代でした。

妊娠したことを両親に告げると「結婚はまだ早い!そんな格好の悪い結婚はさせられない」とバッサリ。

父はずっと機嫌が悪く、母は寝込んでしまう始末でした。私は主人と結婚することを望んでいましたが無理かもしれない…と思いはじめていました。

私は子供を諦めるのなら主人とは別れることを告げましたが、主人は結婚して子供を産んでほしいと言ってくれました。

そして両親にもきちんと挨拶をして結婚の意思を伝えてくれました。

その気持ちがとても嬉しかったことを覚えています。

そのうち父母も主人の態度を見て安心し、私の身体の事もあるので少しずつ気持ちも変化してきたようでした。

私が22歳で主人が24歳。若い二人でしたが結婚を認めてもらい無事に子供を出産しました。

元々主人がお父さんと上手くいっていなくて、喧嘩をして家を出ていったそうです。お父さんに、いきなり連絡も取らないで結婚とは何だと言われました。

池の前で寄り添う新郎新婦

(30歳女性 結婚した年齢28歳 栃木県日光市)

主人側のお父さんが反対していました。

元々主人がお父さんと上手くいっていなくて、喧嘩をして家を出ていったそうです。

お正月とお盆には会っていたそうですが、話もしないでいたみたいです。

私と出会って一年が過ぎて、主人からプロポーズをされました。

私も受け入れ、お互いの両親に会うことになりました。

私の両親は賛成ですんなり進むことができましたが、問題は主人側でした。

主人側のお母さんとは何回か面識があり、明るく優しく話しやすい方なので上手くいっていました。

挨拶の前に、まず会う前にお父さんと主人の2人で話すことになりました。

お父さんは、いきなり連絡も取らないで結婚とは何だと言われました。

お母さんが途中で入ってくれて、一度でもいいから反対をせずに会ってみたらと間に入ってくれて会うことになりました。緊張の中、お父さんと会うことになりました。

重い空気の中自己紹介から始まり、お母さんが間に入って話しました。

あまり会話もせずに終わってしまいました。

後日、主人が何回か家に訪れて話し合いを繰り返して、結婚の承諾を得ることができました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です